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東京高等裁判所 昭和30年(う)2256号 判決 1957年12月27日

控訴人 東京地方検察庁検事正代理検事 田中万一

被告人 林百郎 原審弁護人 関原勇

検察官 磯山利雄

主文

本件各控訴はいずれもこれを棄却する。

当審に於ける訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、東京地方検察庁検事正代理検事山内繁雄作成名義の控訴趣意書並びに被告人、その弁護人松本才喜、同大塚一男各提出の控訴趣意書、被告人の弁護人関原勇外十六名共同提出の控訴趣意書及び被告人の弁護人毛利政弘外二名共同提出の控訴趣意書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、これを、ここに引用して次のとおり判断をする。

被告人及びその弁護人各提出の控訴趣意書中の各論旨全般について。

一般に告訴権者は、犯罪により害を被むつた者でなければならず、刑法第二百六十一条所定の毀棄罪における被害者は、原則として毀棄された物の所有者に限らるべきことは夙に大審院がその判例(大審明治四五、五、二七判決刑録一八輯、六七六頁参照)とするところであつて、国有財産について毀棄が行われた場合、何人においてその告訴権を有するかは、国という本来の性質に照らし、これが告訴権行使につき法令上何人において国を代表する機関たる地位を有するかという問題に帰着するものと言わざるを得ない。なるほど、国を当事者又は参加人とする国有財産に関する民事又は行政の各訴訟については、法務大臣が国を代表する機関たる地位を有することは国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律(昭和二三、六、三〇法律第七三〇号)の規定によつて明白に理解されるところであるが、国を当事者又は参加人とする民事又は行政の各訴訟に該当しない告訴権行使については、専ら国有財産の管理及び処分の機関やその権限事項等を規定した国有財産法の定めるところによるのほかはないところ、同法は、不動産やその従物その他の国有財産を行政財産と普通財産とに分類し、各省各庁の所管に属する行政財産の管理権は、各省各庁の長に属し、各省各庁の長は、その所管に属する国有財産に関する事務の一部を部局等の長に分掌させることができる旨規定しているのである(国有財産法第二条、第三条、第五条、第九条参照)。されば、長野地方裁判所伊那支部(以下単に伊那支部と称する)の建物が国において国の裁判事務の用に供する不動産であつて、同建物中の扉、ガラス戸はガラスを構成物とする主物たる右不動産の一部ないしは従物(同法第二条)に属し、国有財産法所定(同法第二条、第三条)の行政財産中の公用財産に該当することはいうまでもないところであるから、これが管理権は、本来その所管庁の長である最高裁判所の長官においてこれを有すると共に、長野地方裁判所長もまた下級裁判所会計事務規程第二条、第八十七条に依り同長官から裁判所公用財産中下級裁判所である地方裁判所並びにその支部の建物についての事務の分掌を受けているのであるから、当然その管理権を有するものと言わなければならない。而して、国有財産法第一条の規定によれば同法にいわゆる管理とは国有財産の取得、維持、保存及び運用を内容とし、その趣旨において、同法の規定上、これが内容の管理権を有する国の機関である以上、同機関は、その所管に属する国有財産を故意に毀棄されたるにおいては、国を代表して、これが毀棄事実につき適法に告訴し得るものと解すべきを当然とするから(その告訴権の行使が、所論にいわゆる処分行為に属さないことは、その性質上言うまでもない。)伊那支部の建物の一部ないしはその従物に対する本件毀棄罪を内容とする犯罪事実につき犯人の処罰を求めた長野地方裁判所長の本件告訴は、とりもなおさず適法というべく、従つて、これが告訴を無効として本件公訴の棄却の裁判を求むる趣旨の所論はすべて理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 河原徳治 判事 遠藤吉彦)

控訴趣意

被告人林百郎の控訴趣意第二点

二、本件器物毀棄罪における告訴は長野地方裁判所長坂井改造がこれをなしておるが「犯罪により害を被つた者とは犯罪による直接の被害者を云うのであるから器物毀棄の罪について云えば告訴権者は該毀棄あつた器物の所有者に他ならず本件については裁判所の建造物の所有権者たる国でなければならない。又長野地方裁判所所長は単に管理者にすぎず、而もその管理権は処分の権限を有せざるのみならず(国有財産法第一条)その管理権は国有財産法第一条所定の管理権と同一たることは必ずしも明かでないのみか判例によれば、区裁判所の器物損壊に付、其監督判事の為したる告訴状は其効力無し、害を被るものは国に外ならず而も区裁判所監督判事は其庁における右財産の管守者たること顕著なれども管守の職にあるが為直ちに該判事に告訴権あることを是認せば勢い私訴権及私訴と同質なる民事訴訟提起の権あることをも認めざるべからず(根、地、大三、一〇、二三刑法判例総覧各則頁四、六六六)このことは国を当事者又は参加人とする民事行政訴訟について法務総裁が国を代表するのをみても親告罪の告訴がすくなくとも国でなければならぬことは、大審明四五(れ)第五九七号四五、五、二七刑二の判決、刑法第二六一条の被害者は毀棄せられたる物の所有者に外ならざれば告訴権を有するものは所有者に限られるものとす。の判例に照しても明かである。依つて原裁判所は明に親告罪につき、適法な告訴なき不法に訴を受理したものであるが故に控訴の理由あるものとす。

弁護人松本才喜の控訴趣意第一点

原判決は不法に公訴を受理した違法がある。

(一) 本件公訴は不適法である即ち親告罪たる本件器物毀棄罪に於て適法な公訴提起あつたとする為には先ず適法な告訴がなければならない。適法な告訴と称する為には告訴権を有する者の告訴でなければならない。而して本件に於て毀棄あつたとする裁判所のガラスは国の所有に属する事自明なのであるから所有者たる国の代表者の告訴あつて初めて告訴たり得る管理者はどこまでも管理者に過ぎず、ひとり所有者のみが告訴権者である。刑事訴訟法第二三〇条に犯罪によつて害を被つた者は告訴することを得ることを定め、而して「犯罪により害を被つた者」とは「犯罪による直接の被害者を云う」とは学説判例の一致した見解である。この事は刑事訴訟法各本条に被害者以外の他の告訴を為し得る者を夫々特に規定するところに徴しても疑ないところである。かくしてここに直接の被害者とは、物の毀棄について云えば物の所有者を指称すること亦判例の示すところである。

(二) 本件告訴は長野地方裁判所長の為したものであるが、原判決は弁護人の「同人は単なる管理者であり所有者でないから告訴権を有せず従つて本件は訴追条件を具備せず公訴を棄却さるべきものである」との主張を排斥し「告訴権も管理権の範囲内に属するものと解するのが相当である」と判示した。けれども右は何等理由ない独断的な解釈であつて、その間合理的な論拠理由ないものである。原判決が縷々説明する国有財産法、下級裁判所会計事務規程を以てしては裁判所長が管理権を有する事を説明し得るに止り、それ以上何物も加えるところがない。即ち右法令によつて明なことは裁判所長は依然裁判所建物及従物の管理者であつて、その所有者ではない。保存維持する権利義務を有するもその処分権を有さないのである抑々物の破毀は物の維持保存でもなければ運用でもない処分の一態様である。国有財産法に徴しても、明に所管庁の長の権限の外に属する。原判決は一般的にその管理権者については器物毀棄の告訴権はないが本件については国の財産であるから之ありと為す如き口吻であるが、その理由は少しも強明する処ないのであるして見ればやはり原判決は適法な告訴でない。即ち訴追条件を欠く公訴である。

(三) 原判決の云う如く管理者に告訴権の存する事を是認せんか勢い私訴権及私訴と同質なる民事訴訟提起の権あることをも認めない訳にはいかぬ(根地大三、一〇、二三)破目になるのである。この矛盾を知つている原判決は「国を当事者又は参加人とする民事行政訴訟についてその法務総裁が国を代表する(国の利害に関係ある訴訟についての法務総裁の権限等に関する法律第一条)例外の場合を除き」云々と云う。而し該法律は国の財産についての管理行為の例外の場合であるとはどうしたらかく断じ得るのであろうか。全く理由のない議論である。国有財産法によつても、所管庁の長は管理権あつて処分権がないのであるから、むしろ原判決のあげた右法律は、原則を定めたものと解し得ても例外を規定したものとはなし得ないのである。

(四) 以上の如く原判決は不法に公訴を受理した違法があるものであるからすべからく破棄すべきものである。

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